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国内新聞社を中心としたマスメディア関連のウェブサイト巡回が趣味です。業界紙的なノリでトピックスをメモしていきます。

書評「小説 新聞社販売局」 販売現場のリアリティと左遷記者の復讐

 久しぶりに新聞社を舞台にした面白い小説を読んだので書評。記者として全国紙に入社し、主に大阪社会部で司法や警察を担当する事件記者としてキャリアを重ねてきた主人公が、ある記事をきっかけに編集局長の怒りを買ったため販売局に左遷され、新聞販売店の指導と育成を担う「担当員」に任命されるところから始まる新聞業界を舞台にした企業小説。著者紹介でも「大阪本社社会部で大阪府警大阪地検、大阪地高裁などを担当。その後社会部デスク、同販売局などを経て、2014年退社」とあるので、著者本人が実際に経験したり、見聞きしたことが素地としてあるのだろう。

小説 新聞社販売局

小説 新聞社販売局

[自著紹介記事]⇒発行部数という「魔物」に取り憑かれた 大手新聞社の「暗部」を暴く | 読書人の雑誌『本』より | 現代ビジネス+[講談社]

 ストーリーは担当員となったことで知りたくもなかった業界の「闇の深さ」を知るところから始まる。記者時代とは全く違った価値観に戸惑い、崩壊寸前のビジネスモデルや旧態依然とした組織体制に苦悩しつつも目の前の仕事に日々取り組む中で、販売局長による長年に渡る不正の追及と、自らを左遷に追いやった編集局長への復讐を果たしていく話が作品のメインとなっている。記者時代に培った証拠保全のテクニックや情報を聞き出すノウハウを駆使し、かってのボスと今のボスを嵌めていく主人公の生き生きとした姿は読み応えがあり、テレビドラマ「半沢直樹」的な逆襲劇を味わえる。ただ痛快なだけでなく、底流には新聞業界そのものの落日に対する哀愁がある。

 暗部として取り上げられている事例は生々しい。「発行部数という魔物に取り憑かれた新聞社」という表現が文中にあるが、例えば新聞の販売部数を示すデータとして、媒体資料や折込チラシの枚数に使われる「公称部数」、実際に読者のもとに配られる「実配部数」、そして実配部数から無料サービス分などを引き、実際に読者から料金が支払われた割合を示す「発証率」の3つが紹介される。小説内では「10年前の数字」として「大阪本社管内全体で発証59%」、つまり公称部数の6割しか収入となっていないことが示されている*1
 
 また、強烈なノルマとして上から課せられる「入金率」(販売店から支払われる月の新聞代金の集金率)を維持するために、担当員が未収分を自腹を切って入金する「立て替え」という言葉や、実配部数よりも多く割り当てる「押し紙」がなくならない理由、深刻な跡継ぎ問題や販売店との訴訟問題など、販売局以外では全く知られていないであろう実態がリアルなタッチで描かれている。

 本書は現在進行形で新聞販売現場が突きつけられている課題とは何かを知る上で、格好のテキストとなりえるだろう。小説であるが、そこに取り上げられている事例(部数水増しや販売店との裁判など)は現実をモデルにしたものが多い。同じ商品を作っているにも関わらず、記者職と営業職の間には厚い壁がある。それを突き崩すうえで、貴重な叫びが込められているように感じた。「左遷」という形であった主人公だが、記者ならではの視点やノウハウを業務で生かした場面もあった。現実にも定期的な人事交流や昇進時に販売店業務を体験することで、社内改革につながる面もあるのではないだろうか。

 惜しむらくはタイトルを「小説 新聞社販売局」としてしまったことで、業界外の人の関心を遠ざけてしまう可能性があることだろうか。著者自身が「新聞を愛する人に、この小説を読んでほしいと心から願う。」と語っているように、まず業界関係者に読んでもらい、危機感を共有してもらうことを意識したのだろうが、ストーリーの根幹を為す復讐劇という人間ドラマは、企業を舞台にした小説として普通に面白い。書名でターゲットを絞らず、もう少し一般的なタイトルでも良かったように思う。

 ちなみに、販売局プロパーが担当員の業務について書いたものとしては、「新聞社販売局担当員日誌」という本がある。朝日の販売局次長まで務めた方の著書なので、この小説と比べると多分にマイルドな内容ではあり、新聞が伸びていた牧歌的な時代の話も多いが、比べてみても面白いかもしれない。

新聞社販売局担当員日誌

新聞社販売局担当員日誌

*1:参考となる数字として、今年3月5日の週刊新潮で「朝日新聞の2014年の発証率は71%」という記事がある。