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朝日新聞、平均年収160万円減少へ 大盤振る舞いの早期退職制度を復活

 年始の社長あいさつで「人件費100億円抑制へ」という方針を打ち出した朝日新聞だが、その方針を裏付ける具体的な内容が先週発売された週刊新潮(1月28日号)に掲載された。以下に該当部分を引用する。

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週刊新潮2016年1月28日号より)

 <今回の給与制度改革は、給与水準の抑制を伴い、みなさんにとって大変厳しい提案にならざるをえませんでした。(中略)平均年収は16年対比で約160万円減少する見込みです>
 会社から一方的に通知された衝撃の給与削減案だった。組合と協議の上、来年4月からの移行を目指すというが、改定例によれば年収の削減幅は基本的に対象年齢の上昇とともに大きくなる。例えば30歳なら年収は平均で88万円削減され786万円に。40歳の場合、マイナス額は192万円となり、削減後の年収は1053万円である。
 まだまだ高水準とはいえ、朝日社員のプライドを打ち砕く改革案には違いない。また、今回朝日が進めようとしているリストラはこれだけではない。昨年11月末朝日の組合員の元に届けられた機関紙には、次のような見出しが躍っていた。
 <早期退職 40歳以上で募集>
 <年収40%×最大10年分を一括支給>
 募集は今年1月12日からと5月9日からの2回に分けて行われるという。「新年会でも早期退職制度が話題になりました。我々40代だとだいたい5000万円は貰えるそうです。そのお金は老後に取っておいて、別の仕事を探すの悪くないかなって思い始めています」(地方支局の社員)
週刊新潮2016/1/28号「『年収160万円削減』『早期退職募集』でも先が見えない『朝日新聞』の落日」より)

 人件費100億円抑制を単純に会社概要に記載されている2015/4/1時点の朝日新聞の社員数4,597人で割ると217万円となる。平均160万円の年収減と新卒採用の絞り込みや早期退職制度による人員削減を合わせて100億円の抑制を目指すものと考えられる。2015/6/25に提出された有価証券報告書によると平均年収は1237万円とあるので、約13%の大幅な減少となる。最終的には労使交渉次第ということになるが、多少緩和されたとしても相当な内容になることは間違いない。30歳で88万、40歳で192万ということだから、50歳以上なら相当な額となってくるだろう。

 また、早期退職者に年収40%を10年分支給する制度の運用も始まっているとのこと。朝日新聞はすでに2010年夏に退職金とは別に年収の半分を10年分支給する早期退職制度を実施している。今回は半分から4割に下がったものの、例えば40歳ならば減少前の平均1245万×0.4×10=4980万円が支給される。大盤振る舞いといえるリストラ策の復活となる。

 “朝日新聞記者有志”が2015年1月に文藝春秋から出版した社内事情の暴露本「朝日新聞 日本型組織の崩壊」によれば、2010年当時110人を超す社員がこの制度を利用して退職した。学生時代から作家としても知られ、朝日では東京本社編集局長まで務めた外岡秀俊氏や、テレビ番組「サンデープロジェクト」のコメンテーターで雑誌「論座*1」の元編集長・薬師寺克行氏、書評欄の編集長として文学や読書の記事を支えてきた佐久間文子氏など、著名な記者が何人も去ったとのこと。書籍では社内の様子が次のように綴られている。

 当時は秋山社長自身、「もう少し会社に残って、活躍していただきたい人も少なからず含まれています」と、社内ポータルサイトで苦しい胸の内を明かしていた。転身支援を受ける資格があった中高年の多くの社員が、手を上げるべきか悩んでいた。それほどに、会社の将来性がおぼつかなく感じていたのだ。
 「これほどの優遇策は二度とない。次の機会には否応なくリストラされるかもしれないからね」と吐露した40代後半社員のさびしい表情が忘れられない。
 結局のところ、独力で生きていく実力や自信のある人ほど、沈んでいく“泥船”からいち早く逃げ出し、会社が“重荷”として感じるような人は反対に、社の待遇や肩書にしがみつこうとする、“ありがちな展開”が繰り広げられたのだった。
(文春新書「朝日新聞 日本型雇用システムの崩壊」p.221より)

朝日新聞 日本型組織の崩壊 (文春新書)

朝日新聞 日本型組織の崩壊 (文春新書)

 結果的に二度目はあったわけだが、おそらく今回も多くの社員が退職することになるのだろう。起業の仕組みは整ってきているし、NPOによる事業をビジネスとしていく道も広がっている。また、2010年と比較してネットメディアの成長も著しく、デジタルの世界で引き続き記者として力を発揮できるフィールドも少なくはない。

 また、「社員OBの無料購読廃止」についても週刊新潮に掲載された。今年3月末で社員OBへの無料購読を打ち切り、4月からの購読を求める手紙が送られたとのこと。

[参考]⇒朝日新聞がOB6千人に送ったムゴい「寒中見舞い」 | デイリー新潮

 非常に厳しい人件費抑制ではあるが、それでも30歳で786万、40歳で1053万という平均年収は世間の相場から考えれば十分に高い数字である。同時に65歳までの定年延長や、成長事業の創出をめざす社員が選択できるチャレンジ型の処遇制度の導入もアナウンスされており、一方的な労働条件の切り下げだけではない。

 また、削減によって生まれた原資を新たな事業への積極的に投資していく方針であることも明らかにされている。渡辺社長の年始あいさつでは、2020年度までに不動産収入を200億円程度、新領域での売上高を300億円にまで伸ばし、新聞事業以外からの収入が全体に占める割合を現在の15%から25%まで拡大するとのこと。不動産事業は大阪・中之島フェスティバルシティと東京・銀座朝日ビルが20年度に安定稼働し、その後も有楽町マリオン映画館跡地や広島朝日ビル跡地などの再開発が控えている。都心の不動産市場が過熱する中、古くからの資産は大きな底支えになることは間違いない。

 また、新規事業開発を担当するメディアラボからは、個人史の制作・出版を支援する「朝日自分史」や、クラウドファンディングサイト「A-port」などの事業が新しく生まれ、20年度にはそれぞれ売上高10億、5億をめざしている。朝日新聞デジタルの有料会員は30万人が視野に入り、無料会員を含めた会員数は230万人。20年度には有料会員が50万、本紙購読者の5%がWプラン(紙面とデジタルの併読)の有料会員になる目標が示された。今後もスタートアップ企業への投資や企業買収などを通じて新規事業を立ち上げ、不動産と並ぶ柱にしていく方針だ。

 収入だけを見れば今までの手厚い待遇が失われていくことにはなる。だが、今後も続く新聞事業の縮小を見据え、成長が見込める事業に積極的に進出していく姿勢は、朝日で働く若い人にとっては希望になるのではないだろうか。賃金とは会社からではなく、社会から与えられるものであると捉えれば、これまでの事業と親和性を生かし、これからの社会に求められる領域に進出するのは自然の流れだ。この制度を利用し大金を手に会社を去る40代以上も多いだろうが、対象外の若い人たちが中核となり、社会から求められる新たな事業にチャレンジしていく姿を期待したい。

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*1:現在は休刊しウェブ媒体webronzaへ移行