edgefirstのブログ

国内新聞社を中心としたマスメディア関連のウェブサイト巡回が趣味です。業界紙的なノリでトピックスをメモしていきます。

朝日・木村社長「他社が地団駄を踏んでも追いつけないデジタル商品を次々に作る」

 今年の新年あいさつで「若者に紙は届かない」「デジタルに対応できない記者は仕事を失う」といった刺激的な発言を盛り込んだ木村伊量・朝日新聞社社長。1月24日に中之島フェスティバルタワーで行われた朝日新聞社とASA(朝日新聞販売店)の全国大会でもその舌は冴え渡っていたようだ。
 2014年4月からの消費税増税を不可避のものとして捉え、「今日が消費税戦争への出陣式であり、覚悟を決めよう」と述べた後、「時代は想像を超えた超高速で変化しており、デジタルが職場はもちろん、暮らしの隅々に入ってくることは間違いない」と述べ、朝日新聞デジタルが長期的に見て販売店にとっても武器になることを力説している。全文は2月8日付の業界紙・新聞之新聞に掲載されている。以下、発言の一部を抜粋。

消費税増税について

 残念ながら、消費税が8%に上がる段階からの(軽減税率の)導入は連立与党内の調整で見送られることになりそうだ。経営を預かる身としては最終的に新聞への軽減税率の適用が一切見送られる厳しい展開も想定して、準備に万全を期さなければならない。
 消費税増税は新聞本体価格の値上げではないから、増税分は購読料に転嫁して、読者の皆さまに理解いただくのが基本だと考える。読売新聞グループ本社の白石興二郎社長もそうした考え方を共有している。この点で私は、白石社長を信頼している。ただし、年配のASAの所長はご記憶のことと思うが、1978年(昭和53年)には朝日と読売が同時に朝刊購読料の値上げに踏み切ることが想定されていたにもかかわらず、読売は7カ月に渡って購読料を据え置き、それを境に朝日との部数が開いていった痛恨事がある。私の責任においてそのようなことは断じて繰り返させない。万一、ライバル紙が消費税増税分をのみ込んで、ある期間購読料を据え置くのであれば、朝日新聞も歯を食いしばってついていく。あらゆる知恵を絞って、可能な限りの経営資源をつぎ込む。まさにここは天下分け目の戦いだから不戦敗は許されない。したたかなライバル紙の後出しジャンケンに屈するわけにはいけない。(中略)
 デフレ経済のもとで、消費税増税によって物価全般が上がり、消費者の財布のひもが硬くなると、軽減税率が適用されようとされまいと新聞購読をやめる動きが加速することになるだろう。読者が新聞を生活必需品として、取り続けてくれる右肩上がりの時代は、思えば幸せな時代だった。しかし、その追憶に浸っている暇はもはやない。私ども本社もASAのみなさんも烈風をもろともせずに生き残れるかどうか、普段の地道な努力の成果、本当の力が試される審判の日がいよいよ迫ってきた。「一大事と申すは、今日只今の心なり」とは江戸時代の禅宗の高僧の言葉だ。今日一日をおろそかにして、明日に望むべくもない。今日何もしなければ何も始まらない。本日ただいま、消費税戦争への出陣式であるこの場で、ともに覚悟を決めようではないか。

 新聞協会は「知識には軽減税率の適用を」と新聞、書籍、雑誌、電子媒体などに消費税の軽減税率の適用を求める声明を出している(参考)が、現場トップの判断としては軽減税率の適用は難しく、本社も販売店にそれに真剣に備えるべしという結論に達しているようだ。増税が不可避である以上、次の課題は「増税分を価格に転嫁するかどうか」に移っている。
 読売の白石社長を「信頼している」と釘を刺しつつも、もし読売が増税分を価格に上乗せしないなら、朝日も歯を食いしばってそれに食らいつくという姿勢を強調。30年以上昔の裏切られた故事を持ち出して販売店に檄を飛ばしている。朝日、読売が増税分を現状の価格に飲み込むのであれば、地域において独占的なシェアを持つ一部の地方紙を除き追随せざるを得ず、その結果経営に影響が出てくる社も出てくるだろう。

朝日新聞デジタルの出来栄えについて

 1月10日から朝日新聞デジタルは画面がフルモデルチェンジするとともに、東京本社発行の最終版、14版の紙面がページごとにパソコン画面で見られる紙面ビューアーの機能が加わり、ぐっと魅力が増した。サクサクと動作も軽快で、紙の新聞の良さ、便利さが電子版でも味わえるなかなかの優れモノに仕上がっているのではないだろうか。ユーザーの評価もまずは上々、新聞専門紙の皆さんからも電子新聞は朝日が大きくリード、格段の読みやすさとお褒めにあずかっている。

 一言で言うと「自画自賛」である。きっと木村社長にとってはリニューアルした朝日新聞デジタルと紙面ビューアー機能が、我が子のように可愛いのだろう。ただ、スマートフォンやタブレット端末のアプリに追加された紙面ビューアー機能は確かに便利。分譲マンションのオートロックのため、階上配達が不可の世帯にはまさに福音と言っていい。これと凸版印刷のチラシアプリ「Shufoo(シュフー)」を組み合わせれば、これまで新聞配達が担ってきた機能を置き換えることがほぼ可能だ。

デジタル化社会とASAの未来について

 ASAのお店の中には、デジタルの販売は本社から「やんや、やんや」と言われるからお付き合いしているという方がまだ一部にいるかもしれない。だとしたら、今日限りでそういう考えとはおさらばしてほしい。時代は想像を超えた超高速で変化している。いずれ紙かデジタルかといった侵略論争はすっかり過去に追いやられ、デジタルが職場はもちろん、暮らしの隅々まで入ってくることは間違いないだろう。いまのうちに試行錯誤を重ねながら、朝日新聞デジタルの完成度を上げ、さらにライバル各社が地団駄を踏んでも追いつけないようなユーザーのニーズに応える多種多様なデジタル商品を次々と世に送り出す。長期的な視点に立つならば、そうしたことが本社ばかりか、必ずやASAのみなさんにとっても強力な武器になると私は確信している。

 一応、この発言に続いて「近い将来に紙の新聞販売収入がデジタルを下回ることはまず考えられず、紙あってのデジタルである」とフォローし、紙で勝ち残ることが大切であることも説いているものの、販売店を前に、デジタルは本社が口うるさく売れといっているから仕方なく売るという態度であれば、即刻改めて欲しいというかなり厳しいことを言っている。
 ただ、朝日新聞デジタルは電子版単独コースであれば販売店を通さず直接契約となる。「必ずやASAのみなさんにとっても強力な武器となる」とは言いながらも、デジタル化が一層進んだ時に新聞販売店の役割がどのようになっていくのかという素朴な疑問については、具体的なビジョンが示せていないのではないかと思った。
 また、「地団駄を踏んでも追いつけないデジタル商品を次々に作る」のように業界内のライバル各社を挑発するような発言など、こういうあいさつの機会がある度に過激になっていくような感じだ。
 これらの発言から、木村社長が「デジタル化は必然であり、新聞社と販売店も真正面から対応しなければならない」という信念を持っていることは痛いほど理解できる。ただ、果たして朝日新聞社全体もそういう意志で統一されているのか。総論としては支持されていても、具体的な手法について十分な賛意が得られているのか少し気になる。朝日といえばドロドロした権力闘争が過去何度も起こっている。朝日新聞デジタルを掲げて突き進む木村社長が思わぬ所で足をすくわれるようなことにならないか、一抹の不安が残った。