edgefirstのブログ

国内新聞社を中心としたマスメディア関連のウェブサイト巡回が趣味です。業界紙的なノリでトピックスをメモしていきます。

被災者とともに新聞を作り続ける「河北新報のいちばん長い日」

 10月28日の刊行から日にちが経ってしまったが、ようやく読み終えた。1000年に一度と言われる大災害の中、自らも被災しながら地元の新聞社が、どのような境遇の中新聞を作り、ニュースを発信し続けたのか、その肉声による記録が詰まったドキュメント。河北新報社が記者だけでなく社内全部署および販売店を対象に実施したアンケートを元に、社内の様々な人間を取材してまとめた「記録」となっている。
 12月5日付の文化通信によると、発売から1カ月で4刷3万2千部とノンフィクションとしては好調な売れ行き。また、来年3月にはテレビドラマ化も決まり、テレビ東京が予定している池上彰氏の特集番組内で放送される予定とのこと。新聞業界にとっては震災対応のバイブルとも言える「神戸新聞の100日」が、2010年1月に嵐の櫻井翔主演でドラマ化されたが、地震発生から15年後のことだった。今回の河北新報社東日本大震災1周年に合わせた特別企画の中で取り上げられるようだ。
 新聞やネットで見る震災関連の記事が、どのようにして生み出されたのか。それは人の目を通して見たものが、言葉によって文章になり、あるいは写真として切り取られ、それらを構成し、媒体に移され、配達・配信する人を経て読者に届く。情報技術がそれらの営みを大きく助けることは間違いないが、根本的に変わることはないんだなということに気づかされた。
 また、5章では1章を割いてロジスティクス(兵站)について書かれている。本社で炊き出しを担当した「おにぎり班」や、欠乏するガソリンを買い集めるための努力、物資調達や炊き出しなど後方支援に徹した山形総局の取り組みなど、取材や新聞編集以外の奮闘ぶりも描かれている。同業他社のみならず、災害地での事業活動を考える意味で幅広い業界に参考になるだろう。
 被災地での取材活動は震災発生直後の凄惨な現場報道から、やがて「避難所からの発信」「被災地に寄り添う」といった、徹底的な地元目線での継続的な取り組みや深く掘り下げた報道へと移っていく。これらの各章と「河北新報特別縮刷版」や「東日本大震災全記録 被災地からの報告」といった実際に紙面化された記事と一緒に読むと、一つ一つの記事の裏側に込められた意図や取材背景などがより重層的に浮かび上がってくる。

河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙

河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙


 ただ一点気になったことは、インターネットについてほとんど言及されず、「電気がないからネットは役立たない」「紙こそ求められている」という、どちらかというとネガティブな捉え方が多かったこと。個人的に河北新報のネット部門は今回の震災において、被災地の内と外を繋ぐのに重要な役割を果たしたと思っているので、むしろ1章くらい割いてもいいんじゃないかと意外に感じた。
 確かに震災直後の被災地や新聞制作現場の肉声は「紙こそ求められている」だったのだろうが、継続的な取材活動や被災地の内と外を繋いでいくためにはネットも有用なはず。災害直後の紙の利便性は言うまでもないが、届けられなかったエリアも少なくはないだろうし、「紙面の都合」で掲載できなかった情報も多かっただろう。河北新報社ネット事業部長の八浪氏が言うように「情報は、必要な人に必要な形で届けるものであって、届ける手段がなければ別の方法を探すまで」なのだから、もう少しネットやラジオといった他メディアとの連携にもスポットライトを当ててほしかったと思う。
 ところでこの本の企画は、文藝春秋ノンフィクション局第二部長の下山進氏が5月ごろ河北に提案されたようだ。下山氏と言えば「勝負の分かれ目」や「アメリカ・ジャーナリズム」など、90年代後半に変貌するメディア業界を取材した本を出版された方だが、部長に昇進されてたことを知った。メディア業界に対する豊かな見識をお持ちだと思うので、次があれば、被災地からのネット情報発信についてもまとめてほしいなあ。